翻訳と辞書
Words near each other
・ ドルフ・カミリ
・ ドルフ・キャミーリ
・ ドルフ・シェイズ
・ ドルフ・ジグラー
・ ドルフ・ラングレン
・ ドルフ・ラングレン in レトログレイド2204
・ ドルフ・ラングレン ザ・リベンジャー
・ ドルフ・ルケ
・ ドルフ・ルーク
・ ドルベト
ドルベト (モンゴル)
・ ドルベト部
・ ドルペッグ
・ ドルペッグ制
・ ドルボド
・ ドルボド・モンゴル族自治県
・ ドルボド県
・ ドルボド部
・ ドルボーコホモロジー
・ ドルボー作用素


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

ドルベト (モンゴル) : ミニ英和和英辞書
ドルベト (モンゴル)
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ドルベト (モンゴル) : ウィキペディア日本語版
ドルベト (モンゴル)
ドルベト中国語:杜爾伯特 Dùěrbótè、英語:Dörbet)は、15世紀前期に形成されたモンゴルの一部族。その遠祖はチンギス・カンの弟のジョチ・カサルオイラトの部とは同名異族である。
==歴史==
ドルベト部は喜峯口外に在り、京師(北京)まで2050里の距離にある。東西は170里、南北は240里ある。東と北には黒龍江があり、西にはジャライト(扎賚特)部、南にはゴルロス(郭爾羅斯)部、北にはソロン(索倫)などの藩部がある。ドルベト部には二つの同名異族が存在する。一姓はチョロース(シャンロス 鮮囉斯)といい、オイラト(衛拉特)タイジ(台吉)ベイハン(孛罕)の裔であり、旗は14、ウランクム(烏蘭古木)に遊牧し、外ジャサク(扎薩克)と称す。また一姓はボルジギト(博爾済吉特)といい、チンギス・カンの弟ジョチ・カサルの裔であり、喜峯口外で遊牧する内ジャサク(扎薩克)である。
ジョチ・カサルの16代目の子孫であるアイナガ(愛納噶)は初めてドルベト部と称した。天命9年(1624年)、アイナガの子アドゥジ(阿都齊)はホルチン(科爾沁)部タイジ(台吉)のオーバ(奧巴)と共に後金へ遣使を送って好を乞うたため、ホルチン部ともども後金に帰属した。順治5年(1648年)、アドゥジの子セレン(色稜)はジャサク(扎薩克)を授かり、ホルチン部と同祖であることから、これに附き、ジェリム(哲里木)盟に属した。旗は1、ドクドル(多克多爾)坡に駐屯した。その爵はジャサク・グサ・ベイセ(扎薩克固山貝子)となった。
〔『清史稿』列伝三百五〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ドルベト (モンゴル)」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.